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「音楽」とは

今日はさいたま市へ向かい合奏レッスンを行った。

式典で生徒と共に指揮で演奏することになり、実質的な最終リハーサルがこの日だった。

正直、もっと詰めたい気持ちはあったが、時間は有限。それでも懸命に汲んでくれたと思う。可能な限り生徒や関係者に安心してもらえるディレクションが取れるようにしたい。


しかしよくよく考えてみれば、合奏のレッスンというのは、誰が誰に向けて行うものなのか、結構難しい問題だなと思う。

指揮者という立場は本当に特殊で、全体方向性を導く役割を持っているにもかかわらず、音楽の評価に直結する音を持っていない。

つまり、レッスンをするということと指揮をする、という事は全く別の次元にあるということなのではないか?

改めて思い返すと、ちゃんと合奏を聞いて、その中でどのようなことが起こっていて、その段取りが悪いのか、演奏者同士の繋がりが悪いのか、学校特有の演奏技術の弱点があるのか、そういった観点を冷静に視る(聴く)こと、それを根本的に解決することがそもそも望まれるのか?予算は?時間は?学校を相手にするならば教育方針的な矛盾は起きないか?

芸術とはいえ仕事としてより水準を上げることを考えると、こういった哲学に関してはより私の中でもハッキリさせておく事が大切だよな、と思う。


特に外部指導者という立場は、良くも悪くも一言で価値観をひっくり返すような危険性があると思う。力というよりは危険性だよな…と。

自分自身が圧倒的な影響力を持っている…というような意味では無いが、しかしその一言で雰囲気はいかようにも変わることは肌感覚で確信はしている。気をつけないとなあと思った。



 
 
 

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