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プロヴァンスの風景

最近、レッスンに来ている学生たちがグラズノフだプロヴァンスだ…といった名曲の類の勉強をしていて、それはそれは頼もしいなと感じている。さらいきるテクニックは持っているはずなのでどんどんやっていってもらえたらと思っている。


自分自身が演奏したグラズノフやプロヴァンスの風景を聴き返すと、まあやっぱり自分でも出来てないことがたくさんあったりするのだが、その時なりのフィロソフィーを持って演奏をしていたことが窺い知れる。それ自体は褒めたり貶したりするものではないが、演奏できた経験自体が本当に貴重だったなと思う、し、これからもこういうレパートリーは吹いていきたい。


ある種自分の音楽活動も、自分自身の芸術性を高める時間よりも仕事として楽器を吹く時間が少しずつ増えてきた。

それ自体はやはり、自分の中で自分が蝕まれていくような感覚が常にあって、なりたくなかった自分へと近づいているような感覚のそれとも近いと常に感じている。

先人の奏者はどう折り合いをつけて活動をしているのだろうか、と気にもなったりしているが、今の悩みといえばそれを相談できる歳の離れた上の奏者というのがいない、ということだろう。というか、現代特有の悩みであるような気もしているし、ひとりの自立した大人である以上結局自分で答えは見つけなければならないのだとも思う。

 
 
 

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