10月が終わるんだってさ

前回ブログを書いたのがいつなのかも覚えていない…。
応援してくれる人あっての仕事なのに、全く愛想のない演奏家である。
これはカッコよさではなく自堕落さを嘆いている。
自分と音楽の関係性について考える時間が以前より増えた。
もう少し前の時は、音楽への関わり方や考え方が変わって「しまっている」と悲観的になっていたのだが、実際的な問題としては変えることが「できてきた」と捉えた方がいいのかもしれないな、と思う。
自分が学生の頃はとにかく練習量をこなして上手くなることばかりを考えていたが、仕事をし始めると練習量だけで本番のクオリティを作ることが出来なくなり、努力の量をこなせない自分に疲弊したりすることも少なくなかった。しかしそれは自分の生活環境が変わっていけば考え方が変わっていくのは当たり前のことであって、その地味な変化を受け入れながら最善の場所と思わしきところに自分の意識を落ち着けてあげるのが、自分を大切にしながらできる演奏活動というものだろう。それに最近ようやっと気づいた。
友人がこの前「音楽をやっている意味なんだろう」ってボヤいているのを聞いて、自分も同じことをずっと考えているなと思った。でも昔の自分はもっと「意味が見出せないから活動するに値しないのでは?」とか「意味のある演奏などどうやってできるのだろうか?」とか、結局考えても考えなくても自分を罰してしまうような救いのない考えが反芻するようなものだった。
今ももちろんそれ相応の波はあるけれども、それでも関わり方の変化の中で、可能な限りを尽くしたらそれ以上は考えない、という考え方を持つことが出来た。
これは自分にとってここ数年の中で大きな変化だなと思う。
そりゃ練習はたくさん出来た方がいい。準備の時間は多くとれた方がいい。その方が自己実現は早いかもしれない。しかし自分の手札の内容をすり替えて活動することはできない。
大人らしい誠実の形を、付かず離れずのテンション感覚で考えながら、いい演奏をしていける人間になりたいなとなんとなくボヤいておく。仕事が始まるので今日の記事はここまで。なるべくたくさん書くようにしよう。ブログ。



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