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吉尾悠希の徒然音楽日記
思考の置き場


6月後半色々
ありがたいことに忙しく、あっという間に後半となってしまった。。 いつも書かなきゃ書かなきゃと思い出しては諦め、忘れ、1日が過ぎていく…。 8月の頭にピアノを演奏する本番があるのだが、それに向けてほぼ毎日少しずつピアノをさらっているのが、最終的にサックスにものすごく大きく還元されている気がする。短くないスパンで練習の調子が上がっている感覚がある。 技術や音色そのものがとんでもなく良くなっている、という観点では残念ながら少し違うのだが、自身の課題を見つけることや、それにたいして修正をかける能力がここ数ヶ月、普段に比べてかなり高い状態だという感覚がある。ものすごく大きなメリットを享受した感覚だ。 ピアノの練習にしても、それ相応に大変な曲を選んでいるにも関わらず、明らかに自分のさらった時間と上達具合のスピードとバランスがちょっと違う感じがある。 指の運びとか手の形とか、いろんな上手なピアニストを近くで観察していたことや、合わせの時に良い演奏のために批判的に音楽を聴いていたことも良かったように思う。 どんなことをしていても還元されうる可能性というのはあるの
Yuki Yoshio
6月25日読了時間: 1分


ここしばらく考えていることを書く
練習の時に自分自身が気をつけている…というか意識せざるをえないなと思っているのが、結果の卓越性という考え方である。 自分自身に充分な知識と判断の能力をそもそも身につけていないといけないし、その判断力が自分に身につききっているのか、という疑問は存在することになる。とはいえいったん職業音楽家なので自分の判断はある程度は信じることにして話を書き進めていく。 多くの音楽家はそもそもやっている内容だとは思う。 卓越性については、「成功する音楽家の新習慣」というたいへんハングリーなタイトルの本に書かれている概念で、ものすご~~~く噛み砕いて書くと「すげー!」って演奏なってます?ってチェックしな!という内容である。 これがなぜ今の自分に意識せざるをえない考え方になったのか、もちろん紆余曲折はありまくるわけなのだが…。 自分には以下のように変換して考えている。 「卓越性とラベリングされた概念を、より高解像度な言葉に変換されているか?」 「それは1度聴いただけで本当に達成されているか?」 「自分自身がそれに納得をしているか?」 これら以外の言葉の並び方になることも
Yuki Yoshio
6月12日読了時間: 2分


先週にあったいくつかのことの1つを書く
そうやって上がるこの写真は今日の写真なのだが…。今日は日差しが高く感じるにも関わらず気温が付いてきておらず少し不思議な感覚である。 先週末には友人の結婚披露宴に参加した。 学生の時から一緒に演奏しているピアニストで、披露宴中に演奏をともに披露させていただく場面もあった。ありがたいことだ。 久しぶりに会う友人とも話せたのも良かった。 式そのものもやはり、その人物像や大切にしているものがよく見える美しいものだったように思う。参加できてよかった。
Yuki Yoshio
6月5日読了時間: 1分
習慣!!!
文字書きに困らないようにどれだけ少しの量でも文字を書くようにする。 今日は身なりをしっかり整えることにお金を使った1日だった。 スーツも新調。黒にしようと思っていたが店員さんと色々話していた結果黒じゃないものになった。自分史上最高値を更新してしまったスーツで今度から戦いに行く(演奏という名の)。 それにしてもどこを歩いても専門家っていうのはいるんだな、と改めて思った。 こういう新鮮な関わりというのは面白い。20年30年経った後思い出すかどうかはわからないけれど、それでも今日1日をおもしろかったと言うためには十分すぎる経験だったな、と思う。30になってもおもろいことはたくさんある。いいことだ。
Yuki Yoshio
5月29日読了時間: 1分


5月終わる
ブログを書かなさすぎて毎月の総括のようになってしまっている。たいへん反省している。 ありがたいことに忙しい。いいことなんだけどなあ… 合間で無理くりおやすみ作って三浦半島を旅するなどしたり。 のだめ祝祭管弦楽団としてテナーサックス吹いたり。 友人のコンサートを手伝ったり、おさらい会したり。 初めて展覧会の絵に乗ったり…。めっちゃオケ月間だったな。ありがた。貴重〜〜〜 初めて触るカルテットの曲練習したり、編曲したり。本当に色々やった月だった。 成果物として上げられていないけど動画編集もベコベコにやっていた。ピアノ弾く本番もあった。 さらに月末も土日ともに本番!なんてありがたい人生。良い音楽家の生活。 年末にはまたガッツリとしたプログラムノートをかく「アレ」があったりするので、今のうちからブログ少しずつ書くとかして鈍った文章力を鍛え直すことをしておきたい。 時間足りないな〜〜〜〜がんばろう。
Yuki Yoshio
5月28日読了時間: 1分
4月終わる
あれよあれよという間に4月が終わってしまう。進めたい作業が山ほど出てきてしまっており、ちょっと焦り気味である。 3,4月の色々が全く投稿できていないので、少しずつ時間を割きながら記事にしていきたい。。一旦今日はこれだけ。そう。書くだけで流れが変わったりするのだから。
Yuki Yoshio
4月30日読了時間: 1分


aubeという公演をみた
そりゃまあ心にのこることって生活してりゃたくさんあるけれども。 自分としてはめっちゃめちゃ珍しい、演劇(コント?あれはなんというんだろう)を生身で1時間どっぷり見る経験をしてきた。 友人に紹介をいただき、なんとも不思議なカラーリングの建物にて犬舌コンクリート第一回公演 aubeを観覧してきた。 自分が音楽をするときの表現のモチベーションってどこにあるのだろう、ということを考えた時に、自分のいる場所とは全く違うところから観客への投げかけを行っている、そんな感想なんじゃないかと、少し気持ちを落ち着けた今に思う。 プレイヤーにおけるクラシック音楽の立ち位置というのは決まって「仲介者」で、そこには本質的に自分の気持ちのようなものは入る余地がない。基本的に考えるべきことは作曲者と聴衆のことが第一優先にあり、「作曲者」が何を伝えたいのかに寄り添い、「聴衆」にどのようにすればそれが伝わるのか、ということを考え準備することがベースとなる。 音楽は人の心のような曖昧なものを取り扱う芸術ではあるが、実際このように文章化してみると思っている以上に演奏の方法自体には科学
Yuki Yoshio
3月9日読了時間: 2分


《クロードの肖像》終演
吉尾と大竹。 《クロードの肖像》2026年2月22日 16:00-@café音と友に 終演した。 まずはご来場くださった皆さまに感謝申し上げたい。 なるべく演奏に関わる情報は文字ベースで残した方がいいよな、と思い、ちょっと真面目にブログを書こうと思う。 ・サクソフォンとピアノのためのラプソディ ・前奏曲第1集より 亜麻色の髪の乙女 ・ベルガマスク組曲より 月の光 ・古代のエピグラフより 第3曲 夜が幸いであるために(ピアノソロ) ・夢 ・クラリネットとピアノのためのラプソディ ・小組曲より 小舟にて(アンコール・連弾) プログラムのコンセプトは明瞭で、オール・ドビュッシー・プログラム。 管楽器奏者にとって重要なレパートリーである2つのラプソディを柱とし、それ等の間に聴き馴染みのある小品を準備した。 演奏時間としては全て合わせても35分程度。サクソフォンのラプソディも9分程度、クラリネットのプルミエラプソディに至っては6分半程度で終わってしまうのだから、今回のプログラムは全体的に小品揃いと表現しても良いプログラムだったかもしれない。...
Yuki Yoshio
2月24日読了時間: 5分


2月!?
あれよあれよと2月12日である。 いや毎日電車乗ったりボーッとする時間なんてあるはずなんだが、こうして記事書くことすら忘れる程度には忙しくさせてもらっているというか、いや忙しくなってしまっているのか、とりあえず書かなすぎてヤバイ!!!という危機感からこの記事をたしなめている。 せっかく独自のHPに独自のブログと持っているのだから、有用なコンテンツをうんぬんかんぬん…とか日々思いながらブログを触っているのだが、気ままにあることないことを書いたり、自分の社会上の気持ちを整理するように使うのが自分の性には合っているように思う。 北海道・網走湖。 ワカサギ釣りに2時間以上挑戦するも釣果1匹で苦い顔をしている。 1月には年末年始に取れなかった冬休みの期間を何日か設定し、初めて北海道を本格的に旅行した。 またアレンジを担当した楽曲の本番に地域公民館でのハーフリサイタル、指導先吹奏楽部のコンクール演奏での指揮など、様々な場所で演奏の機会を頂いた。 先月ダブルタンギングの記事(記事と書いてぼやきと読む)も書いていたが、ハーフリサイタル時にはダブルタンギング実用化
Yuki Yoshio
2月12日読了時間: 2分
1月後半へ
連日レッスンとリハーサルが続く日々。 前よりも色々な場所で色々な活動に携わらせてい頂いている、という感覚と、自分自身が今年何を出来るようになりたいか、ということが少しずつ見えてきたような気がする。ここ数年1月に今年の目標考えまくっている気がする。 自分としては2つあり、まずは良いとされる演奏の徹底的な言語化をするということだ。 自分自身が良いとしている音楽と世が良いとする音楽の、意識の乖離をはっきりと認知する、ということをしていかなければならない。音楽を仕事にすることを考えた時に、芸術家的な視点と、他の人と意識や課題解決を合わせる社会性の部分を整えなければならない。 ゲームクリエイターの桜井政博さんは、自身の偉大なYoutubeチャンネルの中、ゲームの仕様のことについて以下のように語る。自分たちが当たり前とするものを他の人達に回って説明するのか?そんなことはできない、と。 音楽においても全くおなじで、自分の演奏を誰かに説明して回るのか?そんなことが出来るはずもない。いや、する機会があるならすればいいのかもしれないが、そんなことができる場所はごく限
Yuki Yoshio
1月17日読了時間: 2分
ダブルタンギング
年明けは専らダブルタンギングばかり練習している。 ちまたの世界のサクソフォン奏者たちがとんでもないことをしている時ってダブルタンギングも併用していることが多く(印象)、これはこれで1つの表現可能性として持っていた方がいいよな、との想いから。いや。普通にカッコイイしできるようになりたい。あんまり深い理由はない。 ただ、自分にとってダブルタンギングのシラブルは非常に分かりにくく、その感覚を掴むことにはかなり難儀している。 いやそりゃTuKuかもしれないしDoGuかもしれないけどそういうことじゃなく、息の流れが乱れているのか、Ku系の発音の時の息の流れが悪いのか、吹きながら(まるで)平均台の中心を逸れるように発音そのものが無効になっていく、という困った悩みを抱えている。 それほど長いフレーズを持っている訳でもないのに起こることなので、けっこういやだな~と思っているのだが、しばらく継続する中で良い方法が見つけられたらいいなと思っている。
Yuki Yoshio
1月7日読了時間: 1分
2026-2
静かに練習と事務作業を行った日だった。 もう少しすればいろんなものが動き始めていく。準備を怠らないようにしたい。
Yuki Yoshio
1月6日読了時間: 1分
2026
2026年を迎えた。 このブログは相変わらず広報やSNS的な華やかさを見せるわけでもなく、淡々と書きたいときに自分の気持ちを書き連ねる日記として機能していくだろう。 昨年もとても良い年を過ごさせてもらった。ひとえに周りの皆さまの暖かさによるものだと考えている。 今年もいい年にしたい。 今年は選択の年。になる気がする。人生・仕事・やること・やめること。 今まで通りに続けること、今まで通りにいかないからやめること。 なんとなく自分の中にあったものをしっかり表面に出していき、自分の気持ちと現実の流れを、しっかりと現実的なものにしていく年にしたい。ざっくりしてるけどね。
Yuki Yoshio
1月5日読了時間: 1分
忘年会
今日は3現場の後に忘年会という大変充実した日だった。 やっぱりソプラノはアンサンブルの中に入ると変に軽い感じがあり、それをどうにかしたい…というところから脱却出来なかった。対策は考えたのだが、一筋縄ではいかないようだ。
Yuki Yoshio
2025年12月22日読了時間: 1分
音色の差
昨日は盛りだくさんな1日であった。 色んな楽器を吹いていたわけだが、とりわけ自分のソプラノの音色が気になるようになった。 サクソフォンのアンサンブルの際にどうしても音色が軽く、悪く浮くような印象がある。もう少しどっしりとしていきたいのだが…。月末の演奏に向けてもう少し考えてみたい。
Yuki Yoshio
2025年12月17日読了時間: 1分
昨日に引き続き
めちゃくちゃ強い気合いで昨日の仕事を終わらせた。 多少スッキリというか拍子抜けしている。とはいえ他にも色々ありまくるので頑張って進めるとする。リハーサルの準備もしなければ…。
Yuki Yoshio
2025年12月16日読了時間: 1分


今年越せる?
来年に向けての仕事をいくつか、、いくつかというかものすごい数溜まってしまっていて、それを自分の時間を見つけて少しずつ進めている。練習もここ数日ままならず、それがそこそこ悲しい。楽器吹いている時間というのは本当に気持ち的に癒しとなるものだ。 つくづく仕事のキャパというものは踏み誤ると大変なものだと思う。 しっかり乗り越えられるように腐らず取り組んでいきたい。
Yuki Yoshio
2025年12月15日読了時間: 1分
初期における覚書①
自分がサクソフォン奏者としての側面を保ちながら生徒にその技術を教えていくことの大きなアドバンテージは、プレイヤーとしての活きた知見を共有できるということにあると思う。 もちろんそれは自分自身がプレイヤーとして高く評価されていくにつれて説得力は増すし、あるいは生徒に本番の場数を踏んでもらう数が増えていくほどに説得力は増す。 とにかくどのような場所・時間・シチュエーションでも、人に聴いてもらうということを念頭において準備をしていくのが良いだろう。 そして、聴いてもらう人に、大きな音、小さな音、高い、低い、明るい、暗いといった音楽的表現の要素を十二分にアピールする気持ちで演奏することも大切だ。いつも表現はおおげさに。 上記2点が最初に出てくるのは、私自身が演奏表現においてテクニックは2番目に学ぶ要素であると考えている証拠だと思う。これが正しいのかは書いている今でも、これからも分からないが、少なくとも音楽が言動以外でのコミュニケーションと仮定するのならば、まずは何よりも心意気やスタンスの部分を重要視するべきであろうと思う。
Yuki Yoshio
2025年12月11日読了時間: 1分
タスク爆弾
悲しいかな数日練習の時間が取れていない…本当に練習以外のタスクは積み重ねてはいけないと何度自分に言い聞かせてもダメな時はダメである…。というブログだけ書いておく。仕事仕事。。。
Yuki Yoshio
2025年12月10日読了時間: 1分


空気
昨日はひさしぶりに休日となった。 午前中には後輩の卒業試験を聴き、これはまた大変なレパートリー揃いで、多くの人が気合いの入れた演奏をしていて良かった。 午後にはうさまる展へ。グリーティングをして一緒に写真を撮ってもらい、展示もしっかり楽しむというドップリのさま。 演奏の善し悪しって、どこで決まるのだろう。 後輩たちや他の方々の演奏、当然とても上手だったのだ。だからこそ、音楽においてどの要素がいい演奏と悪い演奏を隔てるのだろうか。 常々そんなことを考えながら生きているはずなのに、また疑問に思ってしまった。笑
Yuki Yoshio
2025年12月7日読了時間: 1分
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