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《クロードの肖像》終演

吉尾と大竹。
吉尾と大竹。

《クロードの肖像》2026年2月22日 16:00-@café音と友に 終演した。

まずはご来場くださった皆さまに感謝申し上げたい。

なるべく演奏に関わる情報は文字ベースで残した方がいいよな、と思い、ちょっと真面目にブログを書こうと思う。


・サクソフォンとピアノのためのラプソディ

・前奏曲第1集より 亜麻色の髪の乙女

・ベルガマスク組曲より 月の光

・古代のエピグラフより 第3曲 夜が幸いであるために(ピアノソロ)

・夢

・クラリネットとピアノのためのラプソディ

・小組曲より 小舟にて(アンコール・連弾)


プログラムのコンセプトは明瞭で、オール・ドビュッシー・プログラム。

管楽器奏者にとって重要なレパートリーである2つのラプソディを柱とし、それ等の間に聴き馴染みのある小品を準備した。

演奏時間としては全て合わせても35分程度。サクソフォンのラプソディも9分程度、クラリネットのプルミエラプソディに至っては6分半程度で終わってしまうのだから、今回のプログラムは全体的に小品揃いと表現しても良いプログラムだったかもしれない。


1862年に生まれ、1914年に没したドビュッシーは、西洋音楽の歴史の中で後期ロマン派と20世紀音楽を結びつける上で大変重要な立場に存在する作曲家。

日本でのドビュッシー音楽の受容のされ方としては「感覚的」とか「繊細」とか、ロジカルな言葉遣いを避ける印象も多いが、これまた専門的に勉強してみると全く好き勝手をやっているわけでもなく、わりとルールとか特徴はしっかり言語化できる印象もある。

今回取り上げた楽曲の成立時期を大まかにまとめると:

月の光や夢、小組曲といった良作は初期に書かれ、

前奏曲集や2つのラプソディ、古代のエピグラフは後期・晩年の作品。

改めて思い返してみると、前期の楽曲は強い調性感の支配・旋法・フレーズの長さによる拍感消失が特徴になっており、

むしろ後期の楽曲の方はビートがかなりハッキリしている中、繊細な音使いによりドビュッシー「らしさ」を表現しているように感じる。プログラムの最初と最後にラプソディを挟むことで、ドビュッシー技法の円熟を紹介したのちに初期の作品を紹介する流れにできたのは、後からながら良かったように思う。


サクソフォンのためのラプソディについて。

今回はヘンレ版、エルンスト・ギュンター・ハイネマンがエディットした編曲版での演奏を行った。正直もう少し楽譜を吟味したかったが、以前演奏に使った経験のあるデュラン版原典版はもちろんサクソフォンのコンサートとして成立させるにはあまりにも「つまらない」し(そう受け取られてもしょうがないソロの少なさなのだから)、ヴァンソン・ダヴィット版(ルモワンヌ出版)の楽譜は演奏効果も高く信頼しているが、いささかピアノは弾きにくい。そんな懸念もあったために「ピアニストの弾きやすさ」と「サクソフォンの演奏効果」というところを両立できる版を探す、というところから始まった。

最終的にはハイネマンエディットの楽譜にサクソフォンパートを補筆し、ピアノからメロディを奪う等のやり取りをしたのでオリジナルの版を作って演奏した、という表現が正しいことになるが、ここに関しては永遠に終わらない議論となるであろう。忙しさにかまけずもっと研究に時間をかけたかった部分でもある。サクソフォンの楽譜で数少ない、エディション問題を研究できる楽曲なので…。

成立背景としては有名だが、エリザ・ポール夫人の委嘱によって書かれるはずだったが、ドビュッシーの筆は思うように進まず1901年の依頼から6年後の1907年にオーケストレーションが途中のスケッチを渡す、という有様で、そのままの演奏は到底できないような状態の楽譜であった。まあその未完のおかげでロマンを膨らませることも出来たり、楽譜の選定というところで時間をめちゃくちゃ取られたりするのだから、ドビュッシーも今頃ゲラゲラ笑っているだろう。振り回されて悔しい。

どうせ完璧な楽譜などこの楽曲に関してはマジで出てこないはずなので、また演奏する機会があったら別の楽譜でも吹いてみたい。


逆にクラリネットのラプソディは1910年のパリ高等音楽院の卒業試験曲として1909年にフォーレの推薦を受けて、同編成のための《小品》とともに作曲された。クラリネットのタイトルには《Premiere》(プルミエ、第一の)と枕詞が置いてあり、なんかサクソフォンの方のラプソディは作品として成立していないから0、みたいなそんな卑屈なことを思ったりもするのである(ソースもエビデンスもない想像なので曲目解説に書かないように!!!!)。


当日にはこの2つのラプソディの自筆譜のコピーを展示した。

サクソフォンのラプソディーが本当に下書きのまま納品・蔵書されていること、

プルミエラプソディは本当に綺麗な完成された楽譜として現存していることから、作曲に対するモチベーションやインスピレーションの差などが如実に見える比較対象として、何名かのお客様に手に取っていただき、コミュニケーションを取らせていただくなどした。


ベルガマスク組曲・夢・亜麻色の髪の乙女はそれぞれ出版済みの楽譜をベースに極小の修正と共に演奏を行った。修正の内容としてはフレージングや伸ばしの音の変化が主で、細い音を維持するための実用的な楽譜に仕上げていくことを念頭に準備を行った。

正直、ラプソディよりこちらの小品の方が難しかった。笑 規模の大きい曲ばかり勉強してきた弊害なので、いい加減こういう楽曲ももっと上手に吹けるようになりたい。まあこの辺の話も自分なりに思うことができてきたので、また改めて記事にしたいと思う。


当日はほぼ満席のお客様にご来場いただき、大変ありがたい気持ちだった。

暖かく応援くださった皆様に改めて感謝申し上げたい。

 
 
 

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